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過去の失敗をクヨクヨしている人のために

   

            

 「漢方ファンのページ」より

ある生徒が先生に指名されて、教室の黒板へ、なんでも自分の好きな絵を描きなさいといって、チョークを渡されました。

 ところが、その生徒は迂闊(うかつ)にも、1回きりしか、描くことを許されていないその黒板の半分に、じつにヘタクソで、つまらない絵を描いてしまったのです。
 すると、それを見ていた他の多くの生徒たちから酷評を浴びせられ、笑われました。

 生徒は失望しました。失望のあまり、あとの半分にすばらしい絵を描いてみんなを驚かせてやろうなどという、勇気が湧かないだけでなく、チョークを捨て、泣いて教室から逃げ出してしまいました。

 そのために、いよいよみんなから笑われました。―

 

 こんな例が、どこかにあったかどうかは知りませんが、その哀れな生徒に似ている人、それはじつはAさんなのです。

 Aさんは、人生を、黒板に絵を描く生徒に例えるなら、まさにこの生徒と同じで、黒板という人生の半分に、じつにヘタクソな絵を描いてしまったのです。

そして「私はもうだめだ」といっているのです。

 

 つまり、Aさんはある事件にかかわって、その汚名が広く世間に知れ渡ってしまったので、「もう自分の人生もこれでおしまいだ」と悲観しているのです。

 そして毎晩のようにやけ酒をあおっては、もう一度、立ち直らせたいというAさんの奥さんや、わずかな親友たちの、忠告や励ましを、すべて退けているのです。

 「自分にはけっして人並みな絵なんか、描けっこない」と、すっかり自信を喪失してしまっているのです。

  

 しかし、考えてみれば、こんなせっかちで馬鹿馬鹿しい絶望はないと思います。

 なぜなら、黒板の半分にはなるほどつまらない絵を描いてしまったかもしれませんが、まだ、ぜんぜん何も描いていない。

あとの半分が残っているのだからです。

 
 もちろん、1回きりの人生の貴重な前半を、無駄にしてしまったからといって、「もうわずか半分しか残っていない」と将来を悲観する事も、また「いや、まだ半分も残っている」と楽観する事も、まったく個人の自由です。

 でも、半分なら、あるいはまた同じ個人の自由なら、出来たら楽観の方を選んで、やり返しの聞かない過去の失敗のために、後半生を絶望して暮らすも一生ですが、勇気と希望をもってへこたれずに暮らすも一生ならば、後者を選んだ方が、賢明というものではないでしょうか。

 失敗したから、信用を落としたから、などといって自棄(やけ)にならないで、その失敗や信用失墜の苦い体験の中から、将来の行き方の教訓を汲取れる人は、前半せいの失敗も、失った信用も、その決意次第で、いつかは立派に取り戻せるのではないでしょうか。

 

 とにかく、黒板はまだ半分残っているのです。

そしてそこに何を描くか、あるいは描かないかは別として、私達の手には新しいチョークが渡されているのです。

そしてみんなが、そのチョークで自分がこれから何を描くか、見守っているのです。

 

 名前は忘れましたが、確か今か、前任の天台宗金剛峰寺の宗主も若い頃、大きな罪を犯して出所後仏門に入り、一所懸命修行をして宗主の座に登りつめたと自伝に書いておりました。

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